(註・青焼きコピー、後にRADIX第3号〔70年11月〕に転載。
 松下処分を目的とする陰湿きわまりない秘密調査委員会を70年3月に結成した神戸大学教養部教授会は警察と連携した形で弾圧を加速していく。処分に抗議する学生らの動きを暴力的に排除しつつ、一方で詭弁的論拠を駆使して教授会及び構成員個々の責任の所在を曖昧化、5月11日に69年の三つの日付に関して逮捕状が出ていた松下らが、同月18日学内に現れ任意同行を拒否すると、すかさず警官隊を導入して強制逮捕させた。国家権力は5月23日、威力業務妨害、建造物不法侵入の容疑で松下らを起訴、勢いに乗った大学当局は懲戒免職処分の一挙結着を画策した。)

〈八月〉闘争の〈事実性〉

松下昇

〔7・31〕 処分審査説明書が手渡される。一四日以内に評議会に対する陳述をするかどうか申し出よという通告。

〔8・ 5〕〔8・12〕 〈処分〉粉砕の討論集会。(学館)参加者は数十名。(自主講座運動実行委を中心とする学生、全国的に結集した教員有志、阪神間の反戦労働者・市民)

〔8・13〕 評議会あてに、陳述に関する〈条件〉の文書を発送。

〔8・15〕 評議会から、非公開で八・二〇におこなう、文書陳述は八・二四しめきりという通告。

〔8・17〕 評議会から、八・二〇の口頭陳述は一時〜四時におこなうという通告。

〔8・19〕 夕方、評議員が来訪して二枚の紙片(一枚には、前記条件で口頭陳述に応じます、とかいてあり、もう一枚には、拒否します、とかいてある。)を示し、いずれかに署名、捺印せよという。いずれも拒否したところ、紙片をもったまま帰った。
夜、大学側の一方的な時・空間性の支配を粉砕するために、六甲空間へ散歩に出かける。「二〇日正午に学館ロビーに現われる」というメモを残して。

〔8・20〕 昨夜、評議会がうった電報「〇時にエクラン前で待て」が早朝に配達される。受取人がいないので、評議会は大あわて。
正午、学館から、評議会に対して、ここにいるという電話をする。仕方なしに学館へ現われた評議会代表は、あとで評議会議長から「カンキンされたらどうする!」と叱られる。〇時半〜三時、時々、どこかに待機する評議会と連絡をとりつつ評議員代表は私たちと交渉を続けるが、公開質問状提出者の同行などをめぐって決裂。
夜、今日の責任追求と八・二一再度の口頭陳述の機会を与えるという趣旨の通告が、文書と電報の双方でおこなわれる。

〔8・21〕 一〇時エクラン前に行き、一〇時二〇分出発。尾行車をまきながらスミス邸へ。警戒体制の中で〈陳述〉開始。「ここで発せられる全ての言葉には〈 〉がつけられている」と前おきして、重層する事実性の第一次元の事実性=記述・文体の批判を展開。三時間余り。

〔8・22〕 評議会から、参考人を必要とするなら申請せよ、と通告。ただちに一六名を申請。
〈口頭〉陳述と〈文書〉陳述を媒介するメモを提出し、岡山へ出発。八・二四〜二八岡山で岡山大学二教官の処分に関する人事院の公開審理。神大当局も数人見学にやってくる。人事院段階の闘争を先取しつつ、大学、人事院を水一杯で粉砕。

〔8・27〕 評議会は八・三一に第二回の口頭陳述の機会を与えると通告せざるをえなくなる。

〔8・28〕 「八・三一の一〇時〜〇時」と指定してくる。参考人を四名のみ認める。ただし文書による間接的意見表明を九・一正午しめきりで。

〔8・30〕 電報と文書で「九時半、御影公会堂前で待て」と指定してくる。

〔8・31〕 朝、石屋川沿いに散歩をたのしみつつ、九時半、指定の場所に登場。大学側の車は、こっけいなほどのまわり道をしながら、県警本部裏のセンイ会館に到着。一〇時〜〇時までa、参考人のよび方の形式性=たんなる証拠づくり b、審査説明書の全面的かきかえの必要性=反革命秩序の表現の根底の破産、を中心に第n次のうち、第一次、二次の事実性について拡大自主講座運動を展開。無限に〈陳述〉し続けることを宣言。

〔9・ 1〕 全ての〈評議員〉あて、総括レジュメというかたちをとった問いかけの〈私信〉を発送。

                               (一九七〇・九・五)