註・昭和45(1970)年12月10日発行「南山大学新聞第151号」から(記事は縦書き)。手元資料で読み取れない文字がありますので、その部分には註記してあります。新聞原本や鮮明な資料をお持ちの方はご教授ください。

    

講 演 会 (南山大学において)

                

神戸大学講師 松下 昇

 今日ここに来ているということの意味を、最初に申し上げておきたいと思います。というのは、十月十六日に懲戒免職が最終決定したのですけれども、二週間以内に研究室から退去し、研究図書を全部返還せよ、もしその両方が果されない場合は不法侵入・不退去及び横領の罪に問うという、そういう恫喝がなされている。従って十月末でその期限は切れていまして、十一月に入ってから昨日は休みでしたが、今日から、いわば非合法の生活が始まってるわけなのです。
 ですから本来ならば神戸大学にいる筈ですけれども、あえて違った場所を選んで、ここでお話しをするという意味を、自分自身にも[書写上の註・以下10文字コピー解読不能につき前後関係から類推]問いかけつつ、同時に参加者の一人一人に考えて欲しいと思うわけです。そういう、あえてここにくる機会を形成したのは、やはり、北川透氏の存在だったと思います。いわゆる講演だけであれば、私はここへこなかったろうと思うのですけれども、私は北川氏とここで出会うためにやってきたのです。そしてここでかれと語ることが、ある意味で問題提起なり発言という形で参加者の皆さんに伝えられるのもいいだろうという、今までの講演という意味をどこかで転倒したかったわけです。と同時に、さっき言いましたような、私自身の時間性・空間性の問題を、もう一度問い直したかったということです。こういう前おきの後でともかく自分自身が今つき当っている問題を幾つか、語っていくうちに、必ず、黒板にかいてある「表現と共同性」というテーマと交錯してくるだろうし、又、北川透氏のテーマとも交錯してくるだろうし、そして参加者の皆さんの一人一人の問題と、どこかで必ず交錯するはずだという気がします。
 さて、ここに十月十六日に出た処分説明書というのがあります。これは、処分の理由として、十二の罪状を挙げていますがつまり権力による私個人の闘争の総括であるばかりでなく、昨年以来のいわゆる全共闘運動を圧殺する総括としてもよめるわけです。だから、権力による総括として、十二の罪状を簡単に読み上げていきたいと思います。まず一番目は、昨年二月二日「情況への発言」をして以来、一切の労働を放棄しているという点。二番目が、正規の試験を行うことなく、受講者二三四名全員に零点をつけた。三番目が、昨年二月以来八十八回教授会が開かれたけれども、教授会粉砕闘争を除き、一度も教授会に出席しなかった。四番目が、昨年及び今年の入学試験を妨害しようとした。この場合、妨害の行為ではなく、入試事務拒否を煽動する文書を貼り出したということが罪状になっています。もし、これが罰せられるのであれば、全てのビラとか張り紙というのは、本質的にアジテーションの意味をもつわけですからそういった一切の表現行為が罰せられるという意味を含んでいるのです。五番目は、昨年の二月から八月まで六ヵ月間、バリケードがあったわけですが、八月八日に封鎖解除がなされた。その際、退去命令を発したのにも拘らず、退去しなかった。不法占拠を続行したということ。この時は、私自身は逮捕されていませんけれども私の行為に触発されて、京都大学とか新潟大学で教職員が退去しなかった場合、不退去罪で逮捕されています。そういった点からみても、全国的な質をもつ罪状の挙げ方だと思います。六番目は、昨年の九月一日から、現在に至るまで自主講座運動を展開して大教室を占拠して、教室の使用を妨げたということ。七番目の問題は南山大学と少し似ているのですが、昨年の九月一日、正常化の第一日の授業が行われようとした際、その教室とそれから自主講座をやっている教室が同じだったわけで衝突したわけです。このことによって、起訴されてるわけで、時間的、内容的にも、南山大学の占拠闘争ないし起訴、処分といった問題と関連していると思います。八番目も、生物学実験を妨害したということ。これは、私たちで自主的な実験の意味を追求して、実験室にはいり込んでいたわけですが、それを妨害行為であるとしたのです。九番目は、昨年の十月八日、正門を封鎖したということ。これは、今までの行為にもいえるのですけれども、私自身が単独でやった行為とそれから、学生諸君と一緒にやった行為が、何の説明もなく、全部同じに羅列されているわけです。ある場合には、私自身が直接やってないことも、やったようにかいてある。これは、逆の意味では正しいともいえますが、このバリケード封鎖のことも組織論的におもしろい問題を含んでいます。十番目は昨年十一月に、学期末試験を妨害したということ。この時も、単なる妨害ではなくて、受験生諸君が感じている、「怖れとためらいこそが、現在追求に値するただ一つのことである」という発言をしたことが、妨害行為とされているわけです。十一番目は、教授会を二度にわたって妨害し、軟禁して非難、中傷を浴びせ、不退去罪で逮捕されたということが罪状に挙がっています。そしてこれも起訴されて、十二月から裁判が始まります。この十一番目のうち、四月八日の場合には私の処分を討議しようとする教授会に対して抗議行動として坐り込んだわけですが、この処分過程というものも、秘密調査委員会というのを作って、教授会メンバーですら調査委員が誰か、あるいは、調査目的が何かを知らずに行われている。これも南山大学における、処分の調査委員会と非常によく似ていると思います。最後に、十二番目は、いわゆるラクガキ問題で、昨年八月以降マジックインキ、白ペンキなどでありとあらゆる所にラクガキをしたとかいてある。特に、今年の一月には黒板に、白ペンキでラクガキを三十数ヵ所行なって損害二百数十万円を与えたので、賠償せよと要求してきました。

 以上、説明書に記述してある十二の罪状が、いずれも、国家公務員法九十八条に対する、きわめて著しい違反行為であるから、懲戒処分として免職するという表現があるわけです。これは、権力による一方的、断片的な総括であるけれども、やはり、ある意味での共同性を持っているわけで、この紙切れが私自身の生活を圧迫し、また私を権力に売り渡し、また同じような処分過程というものを全国的に展開する突破口としての力を持ってしまう。こういった権力による表現の共同性ということが、私の前に突き付けられているわけです。
 いま、様々の総括がしいられている段階だと思うのですが、つまり、闘争に参加した人が総括をしなければならないばかりでなく、権力の側からの総括も開始されており、むしろそれが圧倒的に進行している。それが、処分とか裁判という形で表われてきている。一方、私たちの総括というものは、むしろ、それをはるかに下回る形で[書写上の註・以下○部分読み取れず、細か?]○々と行なわれているか、あるいは、途中で中断されてしまうそういった情況にあるのだと思います。ですから、権力の総括に匹敵するような私たち自身の総括を打出さない限り、いわゆる権力の表現の共同性というものは、決して打破れないし、私たちの表現の根拠というものも、決して形成されない、というふうに思います。このあたりで、「表現の共同性」と関わってきたわけですが、以下問題を幾つかの点について展開してみたいと思います。
 まず、一番目は、処分説明書を媒介にして問題になしうるのは、権力による総括としての表現がいかに貧しいものか、非人間的なものかという点だと思います。ついでにいうと、ブルジョアジャーナリズムその他によって私の行為が報道される。大抵の人達は、それを通じてしか、私の行為、思想性というものを判断できない。おそらく歪めて伝えている筈だとは思うけれども、何をどのように歪めているかということは、直接には解らない訳です。そういう彎曲がだんだん積分されていって、私という人間、ないしは運動全体のビジョンというものが固定してしまう。今度は、その固定したビジョンに逆規定されて、新しいニュースを受け取ったり、自分で判断を下したりする。そういう何重もの転倒を経ているんだということを自分自身痛感しますし、また、一人一人に改めて考え直して欲しいと思うんです。では、権力の総括する十二の罪状は、私のやってきた行為、表現とどういう関連にあるのだろうかというと、十二の罪状を自分で考えなおしてみますとやってきたことの一番低い部分というか、可視的な部分を、権力の基準によって切断したものに過ぎない。たとえば、一つの果物を仮定しますと、その一番中味の少ないというか、皮に近い所を無理矢理、切断して、切断面を見せて、これが彼の全てだ、これが彼の罪状だというふうに、固定しているように思います。
 自分で考えてみて、やろうとしてきたことが、こんなに、矮少な[書写上の註・以下○部分読み取れず、肆か?]○批をされていいはずではないと思うし、まして、その総括なるものが、圧倒的な力を持って、私達を押し潰してくることは絶対に許せないと思います。特徴的なことは、ある日、突然、私が授業放棄をしたり、つまり、ある日突然という記述を自明の前提にしているところです。とにかく秩序の日常性というものが、永遠に流れていて、それから少しでもはみ出す者を裁いていく。それがどんなに居直りであろうとも、どんなに間違っていようとも、とにかく秩序は正しい、はみ出す者は間違い、そういった圧倒的な重さというものを感じます。
 私自身の表現行為が理解不能な場合、つまり、権力から見て、どうしても、理解不能な場合、それは罪である、という判断があるわけです。普通の平等な人間どうしであれば、ある人の表現が解らないとしても、その解らなさを持続し得るわけです。しかし、権力を持った人間と持たない人間の場合解らないということが直ちに、排除の理由になってしまい、処分の理由になってくるわけです。それは逆に言えば、もしも理解すれば自分が破滅してしまうということを予感するからかも知れません。例えば、大学闘争の過程におけるどんなスローガンでもいいですけれども、そういうスローガンが解らない、と権力者が言う場合、もし本当に解ったら、自分達が破滅してしまう、存在の根拠がなくなってしまう、そういうことを予感すればこそ、解らないわけだし、また、解らないと言い張るのです。
 二番目は、それと関連するんですが、近代のブルジョア法体系というものは、事実と思想性というものを完全に切り離して評価すると称します。つまり、どんな事を考えてもいいけれども、それが他に迷惑を及ぼすような行為となって現れた場合、共同の利益を擁護するために、処罰する。そういう発想が根底にあります。何を考えてもいいと一方では言いながら、しかし、それが行為として現れた場合裁く、そういう非常に巧妙な二元論を根底にもっているわけです。ということは、一方で思想の自由ということを、認めたふりをしながら、その自由そのものが秩序のワク内での自由なのだ、自分達を脅かさない程度の自由なのだということを、非常に、巧みに隠しているわけですね。だからこそ、さっき言いましたように、私の全ての行為が、ある日突然生じたかのような、記述を行なっている。何故、私が一切の労働を放棄し、何故、私が授業や試験や教授会を妨害したのか、何故、私が全員に零点をつけ、黒板にラクガキをしたのか、という理由を決して問わないわけです。問えば、やった行為の結果だけを問題にして、それが共同の利益に反する、ゆえに処分する。そういう、近代の法体系というものの非常に巧妙さ、非人間性というものが、今度の場合、露骨に現われている。と同時に、彼ら自身、その原則を踏みにじっているのです。さっきの十二の罪状の四番目でも言いましたけれども入試事務を拒否する貼紙を掲示したという行為を問題にしている。つまり、貼紙を出すという行為は、直接には入試事務という労働を妨害してないわけです。つまり、火炎ビンを投げこんだり、あるいは殴ったり、そういう行為としては妨害していない。にも拘らず、入試事務拒否を煽動する貼紙をしたという行為、そういった行為を裁いているということは行為と思想を分断したと称しながら、実は思想そのものを裁いているし、自分のブルジョア法体系そのものを踏み越えて、より露骨に、弾圧の意志を示している。そういう彼らの本心が、ここに暴露されてるように思います。もう一つ、この二番目の問題で強調したいのは、事実とは何かということです。つまり、思想と事実を区別するという場合、思想は様々あるだろうけれども、事実は、一つなのだという発想が基本にあると思います。しかし、事実は、たった一つかというと決してそうではない。客観的な事実などというものは、どこにも存在しないし、まして、その事実の評価というものは、決して一通りではない。
 この処分説明書にある事実というのは、全て過去形です。過去形という点において全て同一です。さらに、その事実の意味を評価するのは、管理者である私たちだけだ、という発想がある。それは、二重に間違っていると思うんです。つまり、事実の意味というのは、過去形ではなくて、未来において始めて生きるというか、開始される。だから過去形の事実を、未来性の事実性として論じない限り、粉砕する他ないというのが、私の内部に湧き出ている声なのです。またその事実の意味を管理者だけが判断しうるのではなくて、その事実に何らかの関連を持つ全ての人が、それを判断しなければならない、と思うのです。ここでは、処分そのものが、一握りの教授会メンバーのみによって評価されたということが、基本的におかしいわけで、大学の全ての構成員あるいは私の表現活動に何らかの関係を持った全ての人間の参加によって、私の行為、事実の意味が徹底的に討議されて、初めて、私のやったことの意味がおぼろげに見えてくる。そのいずれをも、権力者が拒否して、過去形の事実を一握りの管理者としての評価軸から判断し、決定した、そういう二重の犯罪性というものを、この二番目でいっておきたいと思います。そのことは、表現の共同性と関連させて言えば、権力者のみなす事実性、事実が過去形であり、一方的な判断にあるということはきわめて、ねじ曲げられた関係であって、この事実の共同的な意味というものは、私たち全てによって、未来において始めて、表現されるものだということです。
 三番目に移りますが、権力と知識人存在の一体化という問題で、例えば、六十年安保の段階ですと知識人ないし大学の教師達というのは、反体制、反権力ということが自明の理とされて、適当に署名をしたり、講演をしたり、たまには国会周辺を散歩したりといった形で自分の進歩性というものを誇示し得たのです。しかし、一昨年来の学園闘争によって、そういった知識人の根拠そのものが、問われて、むしろ大学こそが諸悪の根源であるという発想が自明になってきた。その場合、今まで権力という存在と知識人という存在が対立するものだという一つの神話が崩壊していきました。とりわけ、私自身の場合についていえば、教授会において、私の行為を討論しようとする場合、前日の夕方から構内全部立入禁止になるわけです。そして、機動隊の護衛下、翌日の午後、やっと教授会が開かれる。
 最初は反発して欠席する人もいたんですけれども、それが、二度三度と重なりますと、それを正常なかたちに思いはじめたのです。一方、地検とか、県警が捜査を始めますと、いろんな人に任意出頭を要求しました。これは法的にも拒絶できるんですが、何人かが出頭して、数ヵ月もさかのぼって私や全共闘派学生のやったことを詳細に供述した。その結果、逮捕状が用意されて、根こそぎの弾圧が行われてきた。そういう、大学の中で起きた様々な行為を権力に売り渡すことは、決して、私なり学生諸君を売り渡しただけではなくて、自分自身の内部にある何かを売り渡した行為だと思うのです。それは、また、昨年始めて生じた事柄ではなくて、この戦後史を通じて、彼ら自身の本質がそうであったのだということを、公開したに過ぎない。もっと広くいえば、数百年に渡る市民社会の過程と並行して展開されてきた、大学の歴史、その中における学問体系なり知識人存在というものが、最終的には、権力と一体化した、むしろそれを、擁護するような形での存在に過ぎなかったのだということを暴露していると思います。これは、封鎖解除の論理についても言えるわけで、研究活動が阻害されるから、機動隊を入れてでも研究活動なり授業を開始したいという発想にもあらわれています。そのことは逆に学生諸君の場合でも、位相は違うけれども、言えるので、やはり、授業を受けたい、卒業はしたいという、言葉にはならない欲求が、様々に積分され逆用されて、最終的に機動隊を導入したり、また、私を処分したりという力に合[書写上の註・以下○部分読み取れず、成か?]○されている筈なのです。
 むろん、その学生諸君の位相にくらべれば、教授会メンバーの責任というものは、はるかに質的にも、大きいわけです。まず私たちはそれを批判しますけれども、私たちは一人一人なんらかの形で、権力に道をひらいているような存在をしいられていると思うのです。
 どんな生き方をしようとも、体制なり権力に道を開くというか、自ら力をかしてしまうという風な位相におかれていると思うんです。そして、それを、決して切り捨てずに、その位相そのものを見極めながら、それを、共同の批判の対象として、展開していく、そういう非常につらい、苦しい作業が、今後、私たちの前に課せられているのであって、単純に、自分は反権力、反体制と言い切ることはいけないし、不正確だと思います。つまり権力と知識人存在の一体化と言いましたけれど、知識人存在というのは、広い意味で私たちすべての、ことばを行使する存在すべてを含むわけであって、私の処分者に対する批判の仕方が、自分自身にも向けられてくるような、そういった根底的な弾劾というものが必要だと思います。
 四番目は、情況の重層性ということで、私の場合には、処分の過程と裁判の過程というものが、同時に展開されている。学内では、免職処分にしておいて、そして、学外では、法廷にひきだして、判決を下していく。つまり、ひとつの行為に対して、内外から、そういう圧殺がおこなわれようとしているわけです。この大学においても、昨年九月の行為に対して、一方では処分、一方では起訴というように、重層化しているわけで、いたるところに見られる現象なのですが、ここでは、私自身の裁判闘争の問題について、いくつかふれてみたいと思います。
 現在、私だけが起訴されているのではなくて、学生諸君四人を含めて、五人が同時に起訴されています。そして、私たちの被告団には、名前がないのです。つまり、何月何日闘争被告団というような具体的な日付がないし、また、ある固定した場所で、攻防戦を展開したわけではないから、何々死守闘争被告団というようないい方もできない。
 昨年の八月に封鎖が解除され、九月から正常化になったのですが、正常化過程すべてを通じての、さまざまな行為をまとめて、起訴しているからです。つまり、いつどこでやったということではなくて、正常化過程で、持続的に秩序の日付をはみ出しているのです。ただ、どういう行為が起訴されているかと言えば、授業粉砕、試験粉砕、教授会粉砕、ロックアウト体制粉砕、という四つのピークをもっているわけです。よく考えてみますと、授業、試験、教授会、ロックアウト体制というのは、それぞれ、大学における知的交通形態をさしているのです。大学を仮りに、知的生産の場所と考えますと、そこで行なわれている行為の過程を、総体的かつ連続的に粉砕しようとしたから、法律で罰するという言い方になるわけです。そうしますと、これは決して神戸大学のなかでやったことが、罰せられているのではなくて、学園闘争で提起された問題の一番根底にある、授業とはなにか、試験とはなにか、教授会とはなにか、大学機構とは何か、そういう問いそのものが罰せられる、という関係になります。ここで、ぜひ強調しておきたいのは、国家権力が起訴している根拠というものは、すべて大学側が与えており、それらを権力に売りわたしておいて、そして、学内で、逮捕が行なわれた場合、これは私たちが関知しないことであるという声明がなされているのです。
 そういったギマン性というものが、さっき二番目で言った、事実と思想の分離のギマンと、やはり本質的に同じだろうと思います。
 それから、学内権力と、国家権力の重層性を示す例を上げますと、十月十六日に免職が決定したのですが、同時に神戸地検の捜査が開始され、これは、処分理由の十二の罪状のうち、今まで三つしか、起訴していないからその他の項目に関しても、起訴すべきかどうかを、検討するという発想なのです。いま、黒板に落書をした行為、これを、暴力行為という名目で送検しているのです。落書は暴力であるという、発想は逆の意味で正しいと思うのですけれども、とにかく、そういう権力の重層的な関係が露骨に出現しています。
 それから、裁判闘争における被告団の話をいくらかしておきますと、権力の方が共同性を規定しているわけですね。つまり、あるセクトの指導者であるとか、ある運動の指導者であるとか、という、そういう認定でもって、一括して起訴している。だから、被告団の共同性というものを考えてみた場合、被告団というのも、ひとつの表現だと思うんですけども、その被告団が、五人なら五人いるということは、権力から強いられた共同性だと思うんです。つまり、五人であるということは、私たちが内在的な共同性として、生み出したものではなくて、権力の方で規定した、共同性になるわけです。今日最初の方で、権力による総括というふうに言いましたけれども、被告団の場合にも、権力が強いてきた共同性ということが言えると思います。もちろん、可能な限り、共同の闘争はおこないますが、実は、被告団内部での討論が不可能な場合が多いのです。被告の属する党派間の内ゲバなどもあり、それ以上に複雑な存在論的テーマもあって、いわゆる被告団会議そのものが開けない状態にあるわけです。
 かりに、被告団会議を全然しないままで、法廷で出会うことを想定すると、五人が顔を合わせることができるのは、権力を媒介にして可能になるという奇妙な関係を明らかにしてしまう。この意味からも、私たちは権力による総括より、はるかにおくれている、あるいは、はみだしているといえるでしょう。その逆用を必死で試みていきますが。
 さっき、被告団は五人だと言いましたが、私は、前から六番目の被告というのを設定しているのです。それは六甲空間における闘争のいろんな段階のスローガンをそれぞれ六つの項目、六項にわけて掲げてきたのですが、六番目のスローガンは、〈…………〉とだけでいつも、なんにも書いてないのです。この最後のスローガンは、自分の言葉で表現し、実現しようという意志一致はあっても、共同のことばにするスローガンというのは五番目までしかないんです。六番目は決して言葉になし得ない沈黙のスローガンなのです。ひとりひとり全部ちがうはずだということ、また、決して人に伝えることのできない六番目のスローガンによってしか、共闘していないのではないかという、直感があったものですから、昨年以来六番目のスローガンは何も書いていない。こんど、たまたま、被告団が五人だったのですから、これはしめたと思って、実は、よろこんだわけなんです。六番目の被告は不確定なのです。しかし、自分は六番目の被告であるということを、少しでも感じる人、その感じ方の度合だけ、私たちと共闘しているのであるし、また、そういう人としか本当の共闘はできないのではないかというふうに思うわけです。つまり、権力が起訴したから初めて、被告になるんじゃなくて、権力が起訴しようとしまいと、何らかの意味において、そういった弾圧にさらされているし、また根源的な何かに対して、罪を背負ってもいるわけです。そういう、国家権力の裁きを超えたところで、何かの裁きをひきうける、何かの裁きをひきうける、そういった意味の、裁判闘争を提起しておきたいと思います。

 いくらか重苦しい話になりましたが、落書がもし起訴されるとしますと、非常におもしろいことになるのです。というのは、今までは、授業粉砕、試験粉砕、教授会粉砕で、起訴されたので、大学関係の人たちは、関心をもつけれども、それ以外の人たちは「ああ、大学紛争の収拾か」という形で、関係をもちにくい、自分の問題として受取りにくいと思うのです。しかし、落書が、起訴されるとしますと、いわば、表現行為そのものに対する、権力の圧殺が、開始されたわけで、大学に関係があろうとなかろうと、何かを書く人、表現行為というものに関心をもった人、すべてが、自分に対する挑戦として、受取らざるを得なくなるのです。今までの表現論が、そこで、根底的にゆらいでくると思うのです。私に対して、さまざまな支持の意図を表明される人でも、私が落書をしたという行為についてはスッキリしていないのです。あれはやはり、するべきではないとか、大人気ないとか、教師らしくないとか。そういう発想をこそ、粉砕しなければならないのに、まるで逆なのです。味方のふりをする人間と、まず敵対すべきじゃないかということを、この数ヵ月感じています。もちろん、そうだからといって、落書がすべていいというのではなくて、落書行為を、自分の本当の表現として、展開し得ることをいっているのです。私は「六甲」とか、「包囲」という作品を書いてきたけれど、それを書いた時と同じ緊張度と、方向性をもって落書をとらえているし、また今までの落書概念そのものを、転倒する必要があったと思います。
 (後記。この問題提起のあと、十一月七日に、権力は、こっけいな起訴状を送ってきた。資料を参照されたし。)
 私の敵としての管理者はなかなか巧妙で、三十数ヵ所の黒板の落書をわざと消さないで何週間も放置しておきました。そして学生や教師の反発が、起きてくるのを待ったのです。学生も教師も、何週間たっても、目の前に落書が存在するので、イライラしてきた。学校側が、休みの日にでも、全部消してくれたら、自分はすがすがしい気分で、教室へ、良心のいたみなく入れるのに。かと言って、自分で消す勇気はないわけです。そういう数週間がすぎて、みんながノイローゼみたいになったときに、初めて黒板をすべて新しいものにとりかえるから費用を全額負担せよという要求が出たのです。シンナーで消すと、シンナー中毒にかかって、危険であるというのが、理由なのですけれども、シンナー遊びをすればいいと思うのに(笑)、それもせずに、ひたすら権力的な視線でながめていたかれらの、すぐに消さなかったことの意味を重要だと思います。すぐに消さずに、学生、教師、一般の不満を代表するという形をとりながら、ゆっくりと圧殺してきたということは、学園闘争の性質を考える上で、非常に重要なことで、私に対する処分が、昨年の二月に、「情況への発言」をしてから、今年の十月まで二十ヵ月かかっていることにも関連しています。これは、普通の労働者だったら、二十日もかからないと思うのです。この時間の緩慢さというものは、ただ単に、大学の教師として、めぐまれているということだけでなしに、このブルジョア社会において最も幻想性の豊かな、良くも悪くも、幻想性の豊かな空間における過程というものは、いろんな問題をゆっくりと、スローモーションのフィルムを見るように、複雑に展開されてくると思うのです。バリケードにしてもそうでしょう。数ヵ月もバリケードが続くのは、大学だからこそであって、この社会の他の場所で、バリケードを構築すれば瞬間的に排除される。そういった点から言うならばこの南山大学のバリケードが数時間で排除されたことの意味、というのを諸君にもう一度考えなおしてほしいと思います。
 四番の問題は裁判闘争から出発しながら、いろんなところを飛躍しましたが、五番目の問題は、私に対する処分というものは、決して、個人に対する処分でなく、また、ただ単にレッド・パージではないということです。
 問題は単なるレッド・パージではないという意味を、どう捉えるか。つまり、いままでのレッド・パージという概念は、政治的な組織に参加している人間が、その職場の労働を放棄したり、あるいは規則を破ったりしたために、その管理者から処分される、ということが、自明の前提としてあったと思うんです。私の場合も、勿論、そういう要素はすべて含んでいるわけです。もうひとつわすれてならないのは、全国的に多くの教職員組合が、日共支配下にあることです。評議会は右翼反動の場合も、組合は日共支配というのが、かなり多いわけです。その教職員組合が、教授会よりも先に私に敵対していたということ。
 だから、レッド・パージを超える日共スターリニストの反革命的な役割を媒介として、こんどの処分が強行されているということです。もうひとつは、私は単に、学園闘争に加担して、いわゆる造反教官として、ふるまったから処分されたのではない、ということです。そういう評価は、私は全部否定したいと思っています。
 私には学園闘争なるものが、あろうとなかろうと、追求してきた問題があり、そういう自分の問題を、情況の課題と交[書写上の註・以下○部分読み取れず、錯もしくは換か?]○せざるをえない時に、いろんな行為なり表現が生じたにすぎないのです。実は私が六六年あたりに、「六甲」を書いていたときに感じた問題というものは、昨年の学園闘争をある形で先取していたと思うし、自分の幻想空間のなかで数年間激闘を続けてきたとも思います。だからレッド・パージを超える問題ということの本質的な意味は、決してただ単に造反ないし政治的行為に対する処分じゃなくて、より根源的な表現行為に対する、圧殺過程であるということ、つまり、自分の問題を情況との対峙の関係において発想し、存在し続けることを圧殺しようとしている。さらにつけ加えると、いわゆるファシズムという概念が最近わからなくなって来たことがあります。今までのファシズムという概念は、経済的な窮乏を排外主義的に乗り切るという、そういう運動じゃないかと思うんです。ところが、今後、新しいファシズムというものが登場して来るとすれば、無論経済的な問題を基軸にしてはいるでしょうけれども、もっと、深い存在的な意味を含めて、また、日常性そのものが私たちを圧殺してしまうような構造をとってやって来るのではないかと思うのです。
 うまくいえませんが、一見、平和であり、一見善良であり、というふうな存在の総体が、実は何かを圧殺していってしまう。そういう段階に来ていると思うのです。おそらく、たんなる戦後史過程というよりは、近代市民社会の過程が、全体的にある破局に直面しているのであって、つまり、近代合理主義から見て日常的なこと、正常なことと思われていた規準が、全部破産して、同時にそれを否定したり、疑ったりする存在を皆殺しにしていく。そういうふうな予感がするのです。それが、単なるレッド・パージを超えるという、問題の背後にあります。
 六番目の問題は、〈………〉のまま沈黙しておいてもよいのですが(笑)、あえて、今日、ここにきているという意味を共同化するために、黒板にかいてある「表現の共同性」というテーマにどこかで、ふれておきたいと思います。〈共同性〉という〈表現〉をひっくりかえすと、どうなるのかなぁ?
 〈共同性〉という表現は、まだ成立していないというか、生まれていないという感じがします。いろんな人が、いろんな意味をこめて〈共同性〉という言葉を使うけれども、実は、まだその内容は生まれていない。あるのは強いられた共同性だけでしょう。
 私たちは、権力が強いてきた共同性しか、まだ手にしていない。我々が本当に内在的に創り出さねばならない〈共同性〉というものは、まだ生まれていない。例えば、留置場にほうりこまれ、鉄ゴウシの内に、四人ぐらいが先にはいっているとする。五人めとしてはいっていくと、とにかく、その留置場のなかにいるということによって、強いられた関係から、なにか語らざるを得なくなるし、なにかある仕草をしなければならないし、一種の平等性にもとずく連帯も生じる。同時に沈黙も。
 明確に表われている強いられた共同性は、実は、この全社会をおおいつくしているのではないか。むしろ、権力の意味を深化し、拡大しつつ強いられた共同性の意味をいたるところからとりだしていくことこそが、まだ生まれていない〈共同性〉という表現に到達する一つの道ではないかと思うのです。その場所は、ただ単に、大学とか、組織とか、労働の過程にとどまらず、自分が存在しているあらゆるところに、あらゆるきっかけを通じて、提起されているし、それを発見しなければならないと思います。
 最後に何かいうとすれば、ここに、集まっている人や集まっていないすべての人達の共同の問題というのは、自分の固有の場所でなにものかから沈黙を強制されていることを対象化しつつ、そのような強いられた沈黙から、なにを共同の表現として生みだしていくのかそれが、今後の七〇年代、ないしは、その後の過程を貫く重要な課題だろうということを、のべてひとまず、発言を終りたいと思います。