註・1971年3月10日の神戸地裁第三回公判までを踏まえて、最高裁あてに提起された特別抗告申立書。試行33号(71年7月)が「情況への発言」に転載、初出媒体は罫紙(原文縦書き)。

◉特別抗告申立書

    ― 特別抗告申立書 ―
              松下 昇
                   〕を含む仮装被告団
              橋本和義

   Ⅰ 申立の趣旨  すでに昭和四六年五月九日付の文書で特別抗告の意志を表明したが、ここに、その趣旨をあらためて提起する。
 大阪高等裁判所が下した昭和四六年(秩ほ)第一号〈松下昇〉に関する決定、昭和四六年(秩ほ)第二号〈橋本和義〉に関する決定、および前記のそれぞれの決定と密接な関連をもつところの、前記被告団に対する第二回公判後に神戸地方裁判所がおこなった〈松下昇、橋本和義、上原孝仁〉に関する文書記録のない制裁々判(従って第一回公判後におこなわれた〈佐々木葉二、金本浩一〉に対する同質の措置を含む)は、全て憲法を含む法体系の根拠の解釈に誤りがあるので取消す、との裁判を求める。
 さらに私たちは、これらの一連の事件を、仮装被告団に対する全公判過程のうみだす問題が垂直方向で先行的かつ集約的に表現されているものとして把握しつつあるので、この水準で次回公判までに口頭弁論をふくむ裁判をおこなうことを求める。

   Ⅱ 総論
一、特別抗告制度の本質的な意味は何か。(要旨)
 特別抗告は、法廷等の秩序維持に関する法律にもとづいておこなわれるが、これを刑事訴訟法の上告と比較すれば、後者は、裁判の全過程に対する異議を問題にするため前者にはない口頭弁論の機会を与えている。しかし、本来、双方の区別は幅をもって解されるべきであり、被告側が申し出た場合には、前者にも口頭弁論や、証人の意見聴取などを許すことが必要である。それが特別抗告、上告のいずれにおいても提起の条件である憲法位相の争点、という意味を真に生かすことであろう。とくに本件の場合は、その趣旨にのべたように上告に準ずる手続を不可欠とする。
二、法廷等の秩序維持に関する法律の憲法を含む法体系における位置について。(要旨)
 この法律は、刑事訴訟法の運用に付帯しているが、この運用が憲法第三七条(被告の権利等)の各項の発現過程を狭めていくことは許されないはずである。にもかかわらず、法廷等の秩序維持を重視する余り、前記各項をはじめとする憲法の規定、精神は著しく侵犯されており、もしこの法律が、現在適正に運用されていると考える者は、憲法と、この法律の関連を誤って理解しているといわざるをえない。(註)そして、そのような人間が、憲法を最終的に守護すると称する制度を支配しているとすれば、その制度総体が暗黒裁判を内部に育てていることになるのである。
 註。この法律の憲法違反性を列記すれば次のようになる。
  ㋑ 非公開裁判であること。憲法第八二条(裁判の公開)等に違反。
  ㋺ 裁判官が被害者であるのに訴追者を兼ねていること。
    刑事訴訟法第二〇条(裁判官除斥の原因)、同法第二四七条
    (公訴は検察官が行なう)同法二五六条(予断排除)等に違反し、
    憲法第三一条に違反。
  ㋩ 法としての独立性をもたないこと。
    一般に罰則規定をもつ法律は刑法であり、これを憲法第三一条
    (法定の手続の保障)を媒介してとらえれば、刑罰は少くとも
    刑事訴訟法等の運用手続をした上でなければ加え得ないことが
    明らかである。それゆえ法廷等の秩序維持に関する法律自体が、
    矛盾した存在となる。にもかかわらず、この法律の加えるのは
    刑罰ではなく秩序罰だという風に居直るならば、その秩序総体
    が矛盾した幻想共同体であることを示す。
三、抗告事案の統一性と、抗告期間。(要旨)
 特別抗告の契機となっている地裁における第一、二、三回公判は、それぞれ比類ない独自性において連続しているものであり、特別抗告の期間(高裁決定後五日以内)をせまくとらえることは憲法の本質に違反する。
 さらに、なぜ、第三回公判後に、統一的に特別抗告するかというと、第一、二回公判において(制裁)裁判の矛盾が、全て公開されつくし、しかも、第三回公判において休廷を宣した裁判官は、その後一方的かつ秘密裡に閉廷へ移行させ、いわば永続的閉廷というべき処置をおこなっているのであるから、各公判の事実性の根源にまで問題を追求する必要性が生じているのである。

   Ⅲ 各論
 法廷等の秩序維持に関する法律が、〈 〉裁判の各段階に適用されるときの問題点
一、第一回公判と制裁々判
 神戸地方裁判所の措置についての批判は、抗告申立書(疎明資料一)、抗告申立補充書(同二)で展開しているからくりかえさない。ただ、仮装被告団の表現行為が裁判官の理解を絶するような成立の根拠と長い現実的経過をもっていること、および、そのことに対する国家=法の無意識的ないし本能的な恐怖が、具体的な裁判官の、具体的な被告に対する制裁としておこなわれているのであることは強調しておく必要がある。この場合、過料三万円の決定がなされているが、この金額と表現行為が、現在の社会の労働過程(国立大学から解雇処分されている申立人の生活、房内で労働する人たちのうけとる報酬などの感触を含む)においてもつ意味、第三回公判後の制裁々判の決定、監置処分と対比してもつ意味は、裁判官によって全くとらえられておらず、これは不幸にも私たちと接することになった裁判官や法律の水準よりもはるかに広く深いところに矛盾の根拠があると考えられる。
 ところで、申立人の抗告に対する決定(疎明資料四)についてのべると、この決定書は、申立人以外の者が作成した抗告申立書についてのみ、極めて表面的な見解を示しているだけであり、申立人が自ら作成した補充書の問題提起に全く答えておらず、裁判の権威を著しく失墜させており、少なくとも憲法第三二条(裁判を受ける権利)に違反している。最高裁判所は疎明資料二、三に対して自らの存在基盤をかけた判断を迫られているのである。
二、第二回公判と制裁々判
 この公判において、法廷等の秩序維持に関する法律が、憲法および、そのむこうにある根源的な意味から遠く逸脱したところでなされていることは、当日の法廷空間に参加した全ての人間によって、それぞれの問題意識の必然的な展開に応じてうけとめられているはずである。
 公判調書によれば、傍聴人全員が退廷させられ、三名の被告が拘束されているのであるが、この三名は、訴訟指揮を拒否したというよりは、本質的に応じようとしたために拘束されたのであって、奇妙という他ない。(註)この場合、裁判官の訴訟指揮と法廷等の秩序維持に関する法律のいずれか、あるいは双方が誤っているのではないかということが暗示されている。
 さらに、三名の被告=被拘束者が、その後、どのような運命をたどったかについて裁判所の記録には残されていない。これは、裁判所ないし裁判制度による完全犯罪、証拠隠滅ともいえるのであって、少なくとも憲法第三四条(抑留・拘禁の要件、不法拘禁に対する保障)に違反しているし、同質の問題は第一回公判における申立人以外の二名に対する措置についても生じているのである。
 従って、前述のような訴訟指揮と法廷秩序維持のためと称される法体系が廃絶されるべきことは明らかであり、そのために、まず、前記の五名に対する拘束、幻想的処罪としての釈放について公開の(制裁)裁判をおこない、その経過を文書で記録公表することを最高裁判所が命じるべきである。この問題は、高等裁判所に対する抗告という形態を経ないで、第一回、第三回公判に起因する申立人の抗告を媒介として、直接、最高裁判所に対して提起されるのであるが、それがもつ深い意味を十分に把握されたい。
 註。申立人は退廷拘束ではなく在廷拘束されたにもかかわらず、法廷外の一室に連行されたので、起訴状朗読の声を聞いていない。この奇妙な事態についても判断を求める。
三、第三回公判と制裁々判。(要旨)
 ① 高裁は抗告申立書、申入書に十分な審理をおこなっていない。抗告申立に際して、監置期間が終了するまでに決定を出すように要求したにもかかわらず大幅におくれ、そのことを含めて補充書の必要性が一層大きくなっていたにもかかわらず、それを無視している、というよりは、補充書の提出を封じるかたちで決定が出されている。(疎明資料七・参照)また公判調書が作成されていないため、関連資料(テープを含む)の公開もおこなわれるべきであるのに、裁判官が独占し、秘匿した。
 ② 地裁の報告、高裁の決定には(無?)意識的な事実誤認がある。例。被告が、なぜ、そのような発言、行動をおこなったのかという原因の追求がない。一方的、形式的な詭弁に終始している。また、仮装被告の登場、裁判官席占拠等の意味の重大さをとらえることができず、関係がないと退ける姿勢こそ、裁判制度の破産を証明している。
 ③ 違法な訴訟指揮が看過されている。例。人定質問。(疎明資料五)また、高裁は「本件抗告を申し立てていることから本人であることが明らかである」などと全くのスリカエをおこない倒錯した論理を用いているのは極めて不当である。
 ④ 法廷警備員、機動隊員の裁判干渉、(疎明資料六など)
 ⑤ 刑事訴訟法、裁判所法には拘束は含まれておらず、このことは本来、拘束が、裁判官の恣意的判断によってではなく、裁判所の会議による決定が必要なことを暗示している。このことをふせて、拘束した事実から逆規定されて会議の不用性をいう高裁の決定は法体系の根拠を誤って理解しているといわざるをえない。

   Ⅳ なにものかへの飛翔としての結語
 いままで展開してきた総論と各論から導かれる結論のうち最大のものは、国家=法の根拠に存在する矛盾が、仮装被告団に対する制裁々判の過程において増幅されたかたちで露呈され、解体しはじめているということである。
 私たちは、Ⅰの趣旨にのべた裁判を当然要求するために特別抗告書を提起してきたのであるけれども、それにとどまるものではない。この特別抗告書の全ての問題に対する最高裁判所の判断を引き出すことを通じて現代の国家における、憲法をふくむ法体系の根拠の矛盾を、裁判制度の上限から下限にいたる全過程において公開し、その転倒の場を構築していくこと、そのむこうにあるなにものかへ飛翔していくことの意味が、貴裁判所をふくむ全ての私たちに、いま、開示されはじめているし、私たちは、永続的に……していくであろう。

     右申立人=仮装被告団代理人
   神戸市灘区高羽楠丘十           松下  昇
   神戸市灘区大石北町二ノ八加藤アパート内  橋本 和義

  昭和四十六年五月十八日
最高裁判所御中

   疎明資料表
 註。これらの資料の一つ一つは特別抗告書と同じ位相にあるから、私たちによって提起された全ての資料、問題に同じ比重で判断を下し文書で表明することを要求する。
第一回公判(七〇・十二・二四)に関するもの
 一、抗告申立書
 二、抗告申立(理由)補充書
 三、a ビラ「仮装としての被告とは何か」
   b 〈 〉紙片(いま、ここをかすめて舞いつつある)
 四、決定書(昭和四六年(秩ほ)一号)
第二回公判(七一・一・二二)に関するもの
  ・・・・・・(制裁関係の文書がない意味!)
第三回公判(七一・三・一〇)に関するもの
 五、a ビラ「求釈明書」(その一)
   b ビラ「あらゆる包囲する人への問い」(1)
 六、抗告申立書
 七、申 入 書
 八、決定書(昭和四六年(秩ほ)二号)
第一、二、三回の公判に関するもの
 九、ビラ 裁判を一つの比喩として展開されつつある闘争に関するレジュメ
 十、パンフレット「解放学校通信」
 十一、自立紙「メタ」151617
 十二、「五月三日の会通信」5号(ここには、第一回、第二回公判調書を含む、いくつかの愉快な文書がのっている。)